はやしさんが全国の元駅弁屋さんを巡り、現在の状況を画像付きでレポートして下さいました。オールド駅弁ファンには必見で生唾もの、珠玉の駅弁画像です。

以下は画像掲載されている元駅弁販売駅(掲載順・再訪問による重複もあり)です。

2005年
多治見駅、占冠駅、美幌駅、上川駅、十和田南駅、福島駅、王寺駅、岡崎駅、桐生駅、栗山駅、鵜川駅、多度津駅、早岐駅
2006年
阿波池田駅、阿波橘駅、宇和島駅、横手駅、院内駅、新庄駅、小野新町駅、津幡駅、上川駅、盛岡駅、新得駅、大田市駅、浜田駅、益田駅、秋芳洞駅、呉駅(なら人間さん)、成田駅、木更津駅、佐倉駅、黒磯駅、宇都宮駅、小山駅、音威子府駅、木古内駅、稚内駅、厚床駅、銭函駅、宇和島駅、立野駅、阿蘇駅、豊後竹田駅、佐伯駅、白河駅、白石駅、滝川駅、吉田駅、興部駅、鵡川駅、渋川駅、赤羽駅、小沢駅、倶知安駅、登別駅、上郡駅、多治見駅、小山駅、桐生駅、八王子駅、立川駅、熊谷駅、熊の平駅、様似駅、坂町駅、小出駅、高知駅、川田駅、大網駅
2007年
諫早駅、東唐津駅、柘植駅、新宿駅、甲府駅、伊勢市駅、福島駅、高岡駅、岩沼駅、大府駅、津山駅、熊谷駅、黒磯駅、山形駅、新庄駅、小牛田駅、鳴子駅、大曲駅、十和田南駅、日田駅、綾部駅、西舞鶴駅、小浜駅、秋田駅、多治見駅、原ノ町駅、相生駅、竜野駅、日南駅、岩国駅、肥前山口駅

2008年
和寒駅、駒ヶ根駅、木曽福島駅、辰野駅、紀伊田辺駅、白浜駅、水戸駅、宇都宮駅、軽井沢駅、新居浜駅、播州赤穂駅、館山駅、岡崎駅、新夕張駅、紅葉山駅、東能代駅、西鹿児島駅、八代駅
2009年
亀山駅、寄居駅、我孫子駅、生野駅、福知山駅、寺前駅、大宮駅、久喜駅、友部駅、高萩駅、富岡駅、黒松内駅、国縫駅、木古内駅、伊達紋別駅、白老駅、備後落合駅

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2005年8月。左は多治見駅の(びいどろや)さん。
駅そばは健在ですが弁当はほか弁のみです。ケータイ画像で申し訳ありませんが、から揚げ弁当です。
これは占冠駅の(大阪屋食堂<占冠食品>)さん。
現在は村内食堂と道の駅でラーメン屋を営業しておられます。ラーメン屋でたまに出ると言う700円のお弁当です。道の駅はJR駅から徒歩20分位です。
美幌駅前バスセンター併設の(太郎庵)さんです。
以前は駅売りをしていたとのことです。これは幕の内です。
同じく美幌駅(太郎庵)さんのカニめしの掛紙です。 美幌駅(太郎庵)さんカニめしの中身。 上川駅の(食事処角<明石調整所>)さんです。
お任せで幕の内をお願いした物です。 なお現在休業中で9月ぐらいを目処に、向かいに新しい食堂が完成しましたら営業再開とのことです。
その他の元駅弁屋さんですが、辰野駅の(山なか)さんはお店は開いてるけど休業状態でした、柘植駅の(中村屋)さんは喫茶店を営業されてます。彦根駅の(湖城軒)さん廃業してました。奈良駅の(精宏軒)さんバイキングレストランのキッチンママになってます。
十和田南駅の(渋谷弁当)さんです。
お任せで幕の内をお願いした物です。事前に予約がないと購入できない様です。
福島駅の(伊東弁当部)さんです。
懐かしの「鮭ずし」です。 この他に、「阿武隈の鮭ちらし」、「峠のおもいで」、「サンドイッチ」、「煮込みかつ弁」を購入しました。 但し寿司系は大口の注文がある日のみ作って貰えます。これら殆んども前日までに予約が必要です。駅西口から徒歩3分。
王寺駅の(野の花<だるま軒>)さんです。
これは午前の早い時間までの予約で調製して頂ける二段重ねの幕の内です。この他に前日迄の予約の1500円と日替わりの600円台のものが有るらしいです。
これは掛紙です。現在(だるま軒)さんは駅のホーム売店と西口駅前で<ラーメン店だるま軒>と<手作りおにぎり野の花>を営業しています。構内営業時代のうどん、そばはこちらに引き継がれた模様です。ただお値段はそれなりに変更されています。 ケータイ画像で非常に見辛いですが、調製印と箸袋です。店員さんのお話ですと何十年も続けてきたうどん店構内営業撤退は今でも無念そうに語られておりました。
岡崎駅の(鍵屋)さんは本社工場は閉鎖され画像の飲食店での営業だったのですが、現在は区画整理による引越し作業の最中で営業も休みがちとのことです。お弁当をお願いしたところ、前日までの予約で最低で10個以上かつこちらの都合が合う時に限り注文に応じるとのことでした。仕方なく今回は断念しましたが、どのような物かお聞きした所、ハッキリと「駅弁です」と答えられました。 続いて桐生駅の(吉川屋)さんです。お馴染みのとんかつ弁当です。冷めてもソース無しでも美味しかったです。
とんかつ弁当の掛紙です。現在(吉川屋)さんは駅近くの食堂のみの営業です。この他に焼き肉弁当と牛丼がある様です。掛紙は全てこれになるらしいです。
この他の元駅弁屋さんですが福島駅の半田弁当部さん、尾道駅の喜久屋さん、福山駅の鞆甚さんは完全に更地になってます。三次駅の環翠さん庄原カントリーのレストラン営業。
天王寺駅の芦の家さん、橋本駅の日之出食堂さんは貸しビル業してます。
はやしさんは2005年10月にも元駅弁屋めぐりをされました。以下はその報告です。

続いて栗山駅の(美津和)さんですが、現在仕出し弁当は休業中で栗まんじゅう等の和菓子販売と洋風レストラン「ひつじ八」の営業となっておりました。やはり訪れるのが遅すぎました。
鵜川駅(苫米地弁当店)さんは現在、本社工場では団体でしか弁当の注文を受けていないそうです。この後駅から徒歩10分の道の駅<四季の館>内で苫米地弁当直営店レストラン<たんぽぽ>に行ったところ、持ち帰り弁当580円〜とあったのでお願いしたところ前日の午前までに予約が必要とのことで今回は断念しました。それならばと道の駅弁の、ししゃも釜飯、ししゃも押し寿司をと思ったのですが売り切れ、仕方なく近くの海産物屋でししゃもの握り寿司を買い列車の中で最後まで食べる事が叶わなかった苫小牧の<シシャモ・チップ・マス寿司>を思いながら食べました。 羽越線沿線から鶴岡駅(太平食堂)、余目駅(佐藤弁当部)に行きましたが、どちらも跡形もありませんでした。羽後本荘駅(森川弁当部)さんはホームから見えるものの行ってみると店名も塗り潰しており、やはり廃業しておりました。
続いて四国からのご報告。
四国の元車内販売会社の四鉄構内営業さんですが、現在でも多度津駅構内食堂を営業されておりました。ご存知の通りかつて四国の駅弁販売会社8社の合弁で誕生しましたが2年前に車販廃止で食堂のみの営業になったようです。
車販自体は駅弁販売会社自身も行っていたようですが、その為途中駅で車販が打ち切りになったりもしました。現在のJR系の様に始発駅で大量に積み込んで終わりではなく、各販売駅でこまめに積み込んでいた為、種類は豊富だったと思います。編成の短縮、松山電化時の特急分割、土讃線長期不通による客離れ等あまりにも逆風が続いた事が残念でした。
お店の方は駅を出て左にあり、大変見つけ難いです。構内食堂のノレンが掛かっており、とてもノスタルジックな感じがします。土・日・祝日はお休みで14時30〜17時30は準備中で19時までの営業です。
現在JRの乗務員さんがよく注文すると言う500円の幕の内です。10時以降の注文のようです。
こちらは早岐駅弁<西海軒>さんのお任せの幕の内です。お店で受取りました。和蘭蛇弁当を御願いしましたが、来年の春に販売再開予定との事でしたので変わりにこちらを御願いしました。2日前までに予約が必要です。箸袋にはJR九州早岐駅構内営業の表記がありました。(2005年12月13日投稿)
阿波池田駅弁はいつも買い逃しているうちに撤退してしまい、とても後悔しました。 画像は駅前の清月別館さんです。立派な店舗兼工場の建物は健在で現在は貸しビル業の様です。観光案内所の方のお話だと本店の旅館も営業をやめたそうです。(2006年1月6日投稿)
阿波橘駅の構内営業をしていた、橘駅食堂さんです。
現在は休まれている様です。
徳島駅の元駅弁屋<寿し金>さんは駐車場になっていました。 (2006年1月6日投稿)
四国再発見キップの消化の為、宇和島に行きました。
かつての斗牛弁当の味に最も近い以前買った事がある牛丼を食べたかったのですが、電話でお聞きしたところ牛肉を使った弁当はこのコンビニ風の焼肉弁当のみだそうです。コンビニ弁当より若干安くボリュームもあり冷めても美味しかったです。
片山さんに電話予約して宇和島駅横のコンビニ「エルスター」で受取れます。
(2005年12月31日投稿)
ピンボケしてますが以前買った事がある斗牛弁当の味に最も近い牛丼です。
この頃は宇和島駅横のコンビニ「エルスター」でおむすび屋片山さんの弁当が数多く買えました。
(2005年12月31日投稿・2004年6月26日撮影)
おむすび屋片山さんのお店です。
現在は駅の売店で「えきべん」は日に5個位で宇和島駅横のコンビニ「エルスター」でコンビニ風弁当3種類位を数個販売しているそうです。やはり他のコンビニ弁当の影響を受けているようです。
(2005年12月31日投稿)
横手駅弁、平源支店弁当部さんです。現在は平源写真店となっています。かまくら弁当ですが、前回SL奥羽号運転日に現場に居られた秋田支社の企画関係の方にお話を伺ったところ、レシピと製造権はJR側に譲ってもらったので、何か機会があれば販売再開できるそうです。ただ横手駅のNREの食堂は閉店していて厳しい状態です。(2006年1月20日投稿)
院内駅の萩谷旅館弁當部さんは現在、寿司割烹<はぎや>となっています。
訪問時は大雪で冬季臨時休業でした。
(2006年1月20日投稿)
新庄ホテル弁当部さんです。
現在は信用金庫の倉庫になっています。
(2006年1月20日投稿)
小野新町駅弁の西田屋支店さんです。
現在は割烹旅館となっています。飲食店が営業時間外でしたので、再訪する事があれば駅弁の昔話を色々聞きたいと思います。 (2006年1月20日投稿)
津幡駅弁、上村商店さんです。
構内食堂です。営業当時のままです。
(2006年1月20日投稿)
ホーム売店は庭田商店さんが引き継いでいます。
「きびあんころ」を見る。
(2006年1月20日投稿)
上川駅の明石調製さんの新店舗です。
喰い所<あかし>となってます。
(2006年1月20日投稿)
今回は1000円の日替わりを御願いしました。この他600円、1000円味噌汁付があります。「にじます」については地元の人が全く食べない為、メニューに載せられないそうです。 11時から14時、18時からの営業で日曜定休との事です。
(2006年1月20日投稿)
盛岡駅、むつ弁さんです。 駅前工場・店舗はそのままで一部を貸し出しているようです。
(2006年1月20日投稿)
村井松月堂さんはR&Bホテル盛岡駅前となっています。 画像は新幹線延伸直前のはつかりホームで販売している村井松月堂さんです。後方にはNREの駅弁売りも見えます。 駅交番でお話をした巡査さんもはつかりとこけし弁当の思い出を語って頂きました。家に何個かとっているそうです。 因みに私の知人も持ってます。私は3個持ってます。
(2006年1月20日投稿)
新得駅弁の新得待合所さんです。 駅前の店舗は同じ位置ですが、経営者の方が変わって現在は、お食事処<暖笑>となっています。 (2006年1月20日投稿) かつての名物駅弁<やまべ寿司>は持ち帰りで作って貰えます。
(2006年1月20日投稿)
中身です。これは生の方で、酢で締めたモノもあります。 酢締めは夏季は置いてあるのですが、冬季は2週間前に予約を受けてから酢に漬けるそうです。
(2006年1月20日投稿)
掛紙です。 経営は変わりましたが味はそのまま引き継がれているそうです。駅売り時代の方が調製を次世代に引き継いでいるそうです。 11時から21時迄で不定休だそうです。
(2006年1月20日投稿)
1月下旬に山陰線西部を廻ってきました。大田市駅の駅前に残る長屋精陽軒さんです。 キオスクにも弁当はありませんでした。JRバス川本本線の普通、特急便が全廃になり駅前はすっかり寂しくなりました。 。(2006年2月3日投稿) 浜田駅のピリ軒さんは更地になってました。
現在駅の売店は<よってけや>さんが引継いでいます。
益田駅の阿知波喜淑軒さんだった場所は再開発ビルが出来つつありました。 国鉄(JR)バス秋吉線の秋芳洞駅ですが、以前図書館で構内営業会の古い文献を見た時に鬼笑亭さんの駅弁販売駅となっていました。 つまり全国で唯一存在した自動車線のバス駅駅弁となるのでしょうか?
スタンプの小窓の国鉄バス駅スタンプに秋芳洞駅がありますので、上ちゃんが訪問した時にはもう無かったのでしょうか?
何か情報をお持ちの方居られましたら教えて下さい。
画像は現在閉店された秋芳鬼笑亭さんです。
かなり大規模な店舗でした。 釜めし・瓦そば
ふく釜めし弁当 どんな味だったのでしょうか、食べて見たかったです。

下は2006年3月17日〜19日にかけて、なら人間さんが呉駅の元駅弁屋さん、山崎家を訪れたときのレポートです。

掛け紙はありませんが、予約なしで3種類のお弁当を買いました。まずは、幕の内弁当700円です。 中身です。息子が食べましたが、どのおかずも美味しかったそうです。 オムレツ弁当のおかずだけで400円です。
妻が食べましたが、ソーセージ+α入りのオムレツで美味しかったそうです。中身です。 おにぎり弁当です。650円か680円だったと思います(忘れましたすいません^^)。 中身です。 これは、私が車を運転しながら食べました。おかずは、息子に口に入れてもらったり、赤信号の時に食べました。幕の内と共通のおかずが多かったですが、美味しかったです。白和えも入っていました。
大和ミュージアムの入り口横で売ってました。 大和 最後の戦闘配食を再現した「大和むすび」です。 中身です。 海軍さんの料亭 五月荘さんのものです。ごましおのおにぎり2個に竹皮に包まれたたくあんです。 山崎家さんを覗いてきました。店の外観です。山崎家さんは、現在駅売りは一切してないそうです。
大和ロケセットの写真です。 もの凄い迫力です。そばで見るのも凄いですが、横にある兼吉の丘から見た大和は本当に大きさが実感できました。ロケセットは5月7日までの公開なので、見に行かれる方はお早めに。 撮影の時は、尾道の町が銃撃や砲撃の音で、窓ガラスがビリビリ震えた位の音だったそうです。 大和ミュージアムの大和です。模型ですが、10分の1でも26m。やっぱりでかい。 尾道一の人気者、ガイド犬の「どびんちゃん」です。
尾道へ行く目的の一つがこの「どびんちゃん」に逢うためです。おばあちゃん犬ですが、いつまでも長生きして欲しいですね。 しかし、尾道は何度行っても良い町ですね。食べ物は美味しいし、いい人ばかりですし、帰ったばかりなのに、また行きたいです。夏も絶対に行くぞ〜。

下ははやしさんが2006年3月11日頃、関東の元駅弁屋さんを訪問したレポートです。

関東に行きました。 成田駅の駅弁売店跡です。 駅の近くにある桑原弁当さんの工場です。現在桑原さんは10個以上からの注文のみなので、今回は思わずオトナ買いをしてしまいました。 なんと桑原さんのご厚意で工場から弁当10個の入ったダンボールを台車に載せてそのまま駅へ、改札横の搬入口から上りホームまで持ってきて頂けました。さすがに10個は重いので助かりました。
とんかつ弁当をお願いしたかったのですが、この価格帯の弁当はコンビニ弁当とまともにバッティングする為、差別化の為に現在は生産中止だそうです。たいへん残念です。 今回は新おにぎり定食をお願いしました。 木更津駅西口からすぐの吟米亭 浜屋さんです。
店内です。この日は創業祭で値引きされてました。 あさり飯です。 中身です。 風味が豊かでした。
525円のバーベキュー弁当です。 中身です。 駅弁仕様のバーベQ弁当です。 駅弁との違いはパッケージに万葉軒さんのロゴが入っていません。 おそらく元祖のパッケージだと思います。
中身です。 タレが美味しいですね。 ラベルです。 駅前にある元石田屋さんの工場です。現在は寿司店、東寿しを営業してます。
八街市にある、いせやさんの八街工場です。 現在いせやさんでは、かつどん弁当、やきとり弁当、おむすびコロリン、お寿司詰合せのみ1個から注文できます。前日又は、当日の午前中の早く迄の予約となります。 笹寿し、かに寿し、ちらし寿しは5個以上で6日前迄に予約。 大口注文に限り駅まで届けてくれるそうです。
牛どん弁当ですが、以前のBSE騒動で販売中止になり再開未定だそうです。BSEが駅弁に与えたダメージは続いているのでしょうか。
工場まで行くには、JR八街駅〜京成成田の路線バスで住野四ツ角下車、徒歩20分、又は榎戸駅、八街駅から八街ふれあいバスで立会松下車、徒歩10分です。 ともに77号線をこの蕎麦屋まで歩きT字路を折れて入ります。 蕎麦屋から400m程歩くと右折路があり、右折し200m程歩くと正面に見えます。大変分かり難い場所でしたので、行かれる方はGoogleローカル等で調べていく事をお勧めします。
お寿司詰合せです。 中身です。 かつどん弁当です。
中身です。 お馴染みのやきとり弁当です。
お寿司の掛紙には「東日本JR構内営業中央会会員、JR佐倉駅・四街道駅」と記されていました。
中身です。
宇都宮市内にあるフタバ食品さんの済生会宇都宮病院内レストランエムロードに行きました。釜飯を期待しましたがありませんでした。でも厨房の方には九尾の釜飯や九尾弁当のダンボール箱が山積みに見えました 院内の売店にはフタバさんのコンビニ弁当が。 駅前の元駅弁屋の白木屋さんです。
小山駅の元駅弁屋さん、東口に残る鳥又さんの工場です。

以下は、はやしさんが2006年4月4日に北海道、東北を旅行されたときのご報告です。

天北線の廃止まで駅弁を売っていた音威子府駅の常盤軒さんはご存知の通り、駅そば屋さんとなっています。 営業時間は午前9時30分から午後4時、水曜定休です。かけそば(330円)、月見そば(380円)、天ぷらそば(430円)、持ち帰り用生そば(360円)など。 天玉そばです。 店主さんの話では(もう何時辞めるかわからないよ)と仰られたので何だかとても寂しい気分になりました。 行ける方は早い時期をお勧めします。常盤軒さんは以前は自家製面を使っていたそうです。現在は鼻山製麺製です。天北線の廃止で駅弁を止めた時にそば屋も止めるつもりだったそうですが、何となく今迄続けているそうです。 木古内駅前の急行食堂さんです。よく旅雑誌に出てきます。
名物の焼そば弁当です。 中身です。 ソースは辛口で好みでかけるそうです ホームからは新幹線の工事事務所が見えます。
木古内駅内には新幹線に関するパネルがあります。 稚内駅弁・元サンエイ商事さんの工場です。 現在は別の業者が入居しています。 稚内駅までは真直ぐです。出来たての駅弁がここから毎日出ていたのでしょうね。
稚内駅構内のふじ田さんです。日曜定休。 厚床駅前の田中屋さんです。 印刷業もされているので掛紙も作れる様です。 駅前です。 サッパリとしています。
以前の駅窓口とキオスクの跡です。 現在はバスの事務所になっています。 販売店の佐々木商店さんです。駅前国道を左に出て直ぐです。 現在は日に4個の販売だそうです。 前日までに予約があればその分余分に作る事はあるそうです。グループで購入される場合は予約をお勧めします。1個からでも佐々木商店さんで予約できます。
ほたて弁当は今回で3回目位です。詳しくはこちら 中身は ボリュームがあり何時食べても美味しいです。 標津線の痕跡が随所に残っています。 最盛期のほたて弁当は日に300個以上売れたそうです。
銭函駅の酒まんぢうです。 詳しくは「北海道人」を参照してください。キオスクで販売してます。 「駅弁のルーツ」と言われています。箱とバラで売っています。 中身です。
ホームにはオブジェが。

以下は、はやしさんが2006年8月〜9月に北海道、東北、中部、関東、近畿、四国、九州を日本縦断大旅行されたときのご報告です。



2006年8月20日投稿
宇和島駅・おむすび屋片山さんの幕の内「えきべん」です。 他にも幕の内があり、注文の際は「以前駅で販売していた幕の内」と申し出る必要が有ります。 掛紙付きを希望する場合は前もって予約する際にその旨を伝え、カラーコピー代を上乗せして注文した方が良いと思います。 今回はサービスで付けて頂けましたが、弁当も値下げしており手間と費用を考えれば何だかわるい気がしました。中身です。 味はそのままで美味しく頂きました。
容器が経木からプラに変わってしまい残念ですが、その分値下げし量も増えているようです。
牛焼肉弁当です。
肉の部位は斗牛とは違いますが雰囲気には浸れました。
おむすび屋片山さんの調製所です。道順は観光案内所で聞き、そこでレンタサイクルをすれば便利です。 現在は日曜・祝日は休み。 大口注文に限り持って来て頂けるそうです。 駅弁、コンビニ撤退は365日無休での調製を求められた為の様です。 宇和島駅近くのときわ食堂跡地です。 ご存知の方もいると思いますが名物だった斗牛弁当ですが実はJR四国が復活に向け松山の鈴木さんと折衝してたのですが片山さんの意向でレシピは幻のままとなりました。 2006年8月22日投稿。
後方に見えるのが立野駅の元駅弁屋さんだそうです。
立野駅の元駅弁屋、山笑軒さんです。
線路の直ぐそばにあります。
ニコニコ屋さんの店主さんの話しでは調整所からホームに列車に合わせ立売りに出ていたそうです。 阿蘇駅弁さんの跡地です。
豊後竹田です。元豊後竹田駅弁の蓬莱さんの跡地には現在大きな歯科が建っていました。 佐伯駅近くの梅の家さん跡地です。
かなり大きな建物だった事が分かります。
2006年9月2日投稿。
白河駅弁の柳屋さんの跡地には蕎麦屋が建ってます。駅前は綺麗になりましたが駅には売店も無く長いホームと高い天井が郷愁を誘います。
白石駅弁の岡崎ホテルさんの跡地には信用金庫が建ってます。地元の方々にお話を伺ったところ、釜飯等を販売していたそうです。昔は冬季の事もあり、駅弁は無くてはならないものだったのですが。 2006年9月10日投稿。
駅前にあった滝川駅弁の滝川ホテルさんの跡地です。何もありません。尚駅では蕎麦屋さんが営業しておりカレーと麺類を列車内に持ち込んで食べる事が出来ます。
2006年9月18日投稿。
越後線吉田駅の元駅弁屋、東屋さんは現在駅前で貸しビルと喫茶店の経営となっています。
駅を眺めながらケーキセットを頂きました。 新鉄構内営業吉田支店の時代は乗換え客も多くて駅員も数百人もいたとか、新幹線開通で中小の駅から乗らず直接新潟、燕三条、長岡に行ってしまい駅売りがやって行けなくなったそうです。 昔の文献に吉田駅弁の記事がある事をお知らせすると今度是非見てみたいと仰ったのでまた行きたいと思います。 営業は10〜20時で火曜定休です。 2006年9月18日投稿。
道の駅近くに残る旧興部駅の元駅弁屋、米田弁当部さんです。名寄線廃止後は繁華街に移転したそうですが、そちらも閉店したそうです。
地元の方には今も「やまめ寿し」の思い出が残っているそうです。
2006年9月18日投稿。
駅前にある鵡川駅の元駅弁屋、苫米地弁当店さんです。
現在は苫米地商会となり、仕出し、道の駅のレストラン、シシャモの卸と販売です。
道の駅のレストラン(たんぽぽ)の営業は11〜20時まで、第1・2月曜が定休です。
駅前には苫米地弁当店さんの看板が残り、日本一美味しい鵡川シシャモと駅弁をアピールしています。 駅売りは富内線廃止まで続いたそうです。
むかわ町内の中でもシシャモの甘露煮を昔ながらの製方で作っているのはこの苫米地商会さんだけだそうで、他は業務用のタレで漬けますが、苫米地商会さんは自家製のタレを使い手作業で手間隙掛ながら少量を生産するそうです。
鵡川駅前にある元駅弁屋、苫米地商会さんにお願いしたシシャモ入り御任せ幕の内です。
注文の際にシシャモを入れて欲しいと申し込めば1000〜2000円の御任せ弁当を作って貰えます。前日の午前中までに予約し、受取りは11時以降に駅前調製所か道の駅のレストランたんぽぽで。
なんと言っても日本一美味しい鵡川シシャモの甘露煮です。 当時の駅弁に使っていた物と同じ味です。 むかわ町内の中でもシシャモの甘露煮を昔ながらの製方で作っているのはこの苫米地商会さんだけだそうで、他は業務用のタレで漬けますが、苫米地商会さんは自家製のタレを使い手作業で手間隙掛ながら少量を生産するそうです。 これは当時使っていた立売り箱です。これに溢れんばかりの駅弁とお茶、アイス等々を入れ、列車が来るとこれを持ったまま走って柵を飛越えホームに向ったそうです。例のドラマでも小道具に使ったそうで、店主さんがお客さんの役で登場したそうです。 2006年9月18日投稿。
上越線渋川駅の元駅弁屋、飯塚商店さんは駅前で昭和亭という食堂をされていましたが、3年前位に止められて現在はタクシー乗り場になっています。
2006年9月18日投稿。
赤羽駅の元駅弁屋、みやこ屋さんの跡地は駐車場になっています。 偶然当時のお店の方とお会いし、明治以来やってきたけどJRになって駅の変化に着いて行けなくなったと仰って居られました。 急激な駅ナカ開発の影の部分ですね。高架下の開発はまだまだ続きそうです。
2006年9月18日投稿。
函館本線の駅前すぐの小沢駅元駅弁屋、伯洋軒末次商会さんです。
駅前食堂、駅弁も止めて現在はトンネル餅のみ販売しています。 駅売りは岩内線廃止まで続けていたそうです。 店内にはC62の現役時代、ニセコ復活時代の写真が掛けてあり、店主さんにC62を熱く語っていただきました。 「もし会社分割がなければC62は残っていた、是非もう一度走っているのを見たい」と仰っていました。
トンネル餅は列車の戸口受取りは事前予約で5個位からでSLニセコ号車内でも買えます。
元岩内線のホーム跡が残っていて往時が偲ばれます。
2006年9月18日投稿。
倶知安駅の元駅弁屋、清水立売商会さんです。 現在は待合室でのそば店のみの営業です。
清水立売商会さんの調製所です。 もう駅弁は作られません。
人気のてんぷら玉子そばです。とても美味しかったです。営業は8時30〜14時までで火曜定休です。ホーム売店は閉鎖されています。 とても美味しいそばですが、店主さんが「止めるつもりは無いけど止めるかもしれないよ」「急行も通らない駅じゃねぇ、SLだってそんなに多くないし」と仰っられて何だか寂しくなりました。山線を通られる方は列車待ちにどうぞ。 2006年9月18日投稿。
室蘭本線登別駅前の登別駅構内立売商会さんです。
現在は饅頭とわさび漬け販売、手荷物預かりの営業です。 饅頭の製造元は栗山駅の元駅弁屋、美津和商会さんです。 包装は温泉饅頭のみ。 表の看板は以前は洋寿し、弁当の表記もあった気がします。 温泉まんじゅうです。 数年前に事前予約してトワイライトの戸口で洋寿しを受取ったのが最後でした。TVで紹介されていた人気商品で受取った時の高揚感は忘れません。 中身です。まさに温泉まんじゅうです。とても美味しかったです。
包装には登別駅構内立売商会、洋寿し、弁当とあります。 2006年9月17日投稿。
上郡駅の元駅弁屋、エビス屋さんです。もう営業しておらず建物が畑の中にひっそりと残ります。近くの方のお話しでは立売りの懐かしい話しを聞きました。

以下は、はやしさんが2006年10月に北海道、東北、関東、中部などを大旅行された時のご報告です。

2006年10月8日投稿。久し振りに多治見駅に行って来ました。 びいどろやさんの構内調製所です、前回はこちらで弁当を買いました。 ご覧の様に現在は閉鎖されています。
駅弁撤退とともに店舗の半分はロッテリアになってます。
実は1年位前のある日にJR東海からいきなり弁当の構内営業権を返上するよう通告され、前日に1ヶ月分の食材を買付けていたにも関わらず、その翌日から突然に営業を止めなくてはならなくなったそうです。
具体的な理由も無かった事からおそらくは東海キヨスクを初めとする駅構内のファミリー企業の売上げを伸ばす為としきりに噂になったそうです。
各地でJR東海の商法について良くない話を度々聞きますが、ここまで露骨で酷い話は初めてです。
いくら国鉄の借金の大半を引取ったとはいえ名古屋タワーも完成し毎年の様に最高利益を嵩上げしている事を考えればもう少し大人な対応を取って欲しかったです。
2006年10月9日投稿。小山駅の元駅弁屋さん、柏屋さんの工場跡です。 柏屋駐車場になっています。
2006年10月14日投稿。桐生駅近くの吉川屋さんです。 看板には名物弁当の表記が残ります。 現在はすきやき弁当、とんかつ弁当、焼き肉弁当の3品です。営業は11〜14時、17〜20時、火曜もしくは水曜休店。 こちらは駅弁時代のとんかつ弁当。
2006年10月9日投稿。八王子駅の元駅弁屋さんの玉川亭さんです。 工場は今も駅近くに残っています。 販売受付の様な跡と表札も残っています。 立川駅、中村亭さんの駅弁工場跡です。 マンションと飲食店になっています。
現在NRE中村亭さんが入居するビルです。もう工場はありません。 2006年10月14日投稿。熊谷駅東口に残る大盛弁当部・熊谷そばさんの調製所です。 一体経営だった様です。看板には国鉄構内営業の表記が残り往時が偲ばれます。 2006年10月14日投稿。旧熊の平駅の元立売りの玉屋さんです。 碓氷トロッコの終点、とうげの湯駅から真っ直ぐに旧アプト線を登り道路を潜って直ぐ右手の階段を登った所にあります。徒歩2分位。
店内の様子です。碓氷線の写真も販売中です。 きな粉餅を食べました。 歴代の掛紙です。 2006年10月20日投稿。様似駅弁の渡辺弁当商会さんです。 現在駅前通りに調製所兼店舗レストラン味よし大将の建物が残ります。 その大きさから当時の駅前の繁栄振りが浮かびます。
かつて襟裳観光の黄金時代につぶ貝弁当、鮭味(あきあじ)弁当で一躍名を馳せたそうです。
地元の方も当時を懐かしそうに語っていました、様似といえばつぶ貝弁当と。
駅横の自販機の辺りに渡辺弁当商会さんのそば店があったそうです。 様似駅は終着駅ですが国鉄バスが自動車線と呼ばれ鉄道と一体だった時代は、まるで線路が続いているかの様な乗換え駅として機能していました。 かつての駅弁最盛期には列車に乗る人、列車から国鉄バス日勝線に乗換え広尾、襟裳方面に向かう人達が挙って買求め、作っても作っても追い付かないほど盛況だったそうです。 立売り当初は渡辺電気商会での販売だった様です。
電気店の方は親族の方が引継いで「なべでん」として駅近くで営業中です。
2006年10月20日投稿。坂町駅弁の萩乃家さんの駅前旅館跡には飲食店が建っています。 分岐駅、機関車の付替え等でそれなりに賑わった事でしょう。 2006年10月20日投稿。小出駅前にある川善旅館さんです。 上越線全通以前は弁当部を持ち小出駅の駅弁屋さんでした。上越線全通時に同じく小出駅弁の三岳舎さんと合資会社「川岳軒」を設立して石打駅に移転し、越後湯沢駅弁の現在に至ります。因みに川善旅館さんの経営者の方は川岳軒さんの前社長だそうです。
小出駅弁の三善軒さんの跡地です。川善さんの裏手になります。 只見線開通を機に同じ様に合資会社として誕生しました。 三岳舎の三と川善の善を合わせ、川岳とは逆になりました。
乗換駅でも優等列車が無くなり苦しかった様です。長大なホームがかつての駅の繁栄を伺わせます。
2006年11月24日。
高知駅の元駅弁屋さんの中央食堂さんの跡地です。
駅前にあり数年前に駅弁を買いに訪れた時の事を思い出して何だか寂しくなりました。
今もホームに残る中央食堂さんの駅弁売店です。あんどうさんにそのまま引継がれていたのですが残念ながら11月末を持って閉店するそうです。タイミング悪く訪れた日が定休日の金曜だった為に営業中の姿は見れませんでした。 今後はJR系の売店「88」のみの販売となります。最後まで中央食堂さんの構内証が残っていました。
駅前の川田まんじゅう本店、吉田商店さんです。
元構内立売り営業者です。
立売り時代の方にはお会い出来ませんでした。かなり有名なので県立図書館等でも資料を探したのですが見付かりませんでした。
川田駅です。
駅弁やまんじゅう屋さんが立売りを行った長いホームが残ります、窓口は閉ざされて寂しいかぎりです。広い構内はかつて製糸工場への引込み線があった事を伺わせます。
2006年12月21日投稿。元大網駅弁の富田屋さんです。
移転前の旧大網駅の直ぐ近くの旅館として営業されていたそうです。付近はまさに旧駅前と言った雰囲気で往時の繁栄が偲ばれます。
旧大網駅は公園となっています。
ホームの一部は草に覆われて残っています。
勝浦に向う外房線の旧線は途中で剥がされて途切れています。
スイッチバック時代には駅弁がよく売れた事でしょう。
信号機や転轍機など記念のオブジェが置かれています。当時を知る駅員さんによると富田屋さんは移転後も暫くはホームで立売りをされていたそうです。

以下は、はやしさんが2007年に入ってから東北、九州などを調査された時の報告です。

2007年1月5日投稿。
諫早駅弁の中村家(諫早鉄道構内営業[有])さんですが、工場は現在Aコープ仕出し部となっています。
薄っすらと中村家を剥した跡が残ります。 国鉄諫早駅弁の中村家と付けられていた様です。 もう駅弁は出来ませんが弁当工場として活用されていることは喜ばしいと思います。
唐津駅弁の唐津駅弁当さんの跡地は旧東唐津駅前の橋の傍にあり現在は理容院が建っています。
S58年に寿軒さんの唐津支店から独立して新駅で暫くは営業されていた様です。
1989年刊の駅弁パラダイスin九州によると高架ホーム上に売店を設けていた様です。620円の幕の内を1種のみ販売とあります。
旧東唐津駅の跡地には大きなリゾートホテルが建っています。周囲には駅前の雰囲気が残っています。
なお、寿軒の社長さんの財団が運営する美術館があるそうです。
2007年1月10日投稿。
柘植駅前の元駅弁屋、喫茶店の中村屋さんです。
今回はカレーライスをお願いしました。 柘植駅です。
長い歴史を刻み続けます。
お店からホームが見えます。峠を往来する列車が来るとホームまでお弁当が運ばれていった事でしょう。
もし柘植を通る際は是非立寄られてみては如何でしょう。店主さんに関西線黄金時代から駅弁の思い出まで嬉しそうに語って頂けます。
2007年1月23日投稿。
新宿駅の日食田中屋さんです。 配送のみ行っている様です。
元甲府駅弁の甲陽軒米倉さんの工場跡です。 現在県有の駐車場とラーメン店になっています。 地元のタクシー運転手さんによると、閉鎖された当日には長い歴史と重みもあり花束の贈呈などお別れ式が催されたそうです。 会社としての米倉さんは米倉ビルの経営となっています。
2007年1月23日投稿。
元伊勢市駅弁の小がわさんです。現在小がわビルで貸しテナントを営業されています。 調製所は旅行代理店になっています。背後は直ぐホームで出来立ての駅弁が運ばれていた事でしょう。
2007年1月23日投稿。
福島駅西口から徒歩2分くらいの伊東弁当部さんです。
店内は駅売り当時のままです。
かつての名物駅弁が並びます。 現在、寿司系は団体予約があればついでにお願いできます。吾妻高原釜めしとわっぱめしは容器が無い為休止中。牛めしは3日前から仕込むのでそれまでに予約。煮込みかつ弁と一部の幕の内は当日予約でも大丈夫だそうです。 2007年1月23日投稿。
元高岡駅弁の宮嶋商店さんが入居していた高岡駅前ビルです。
店舗跡です。現在はテナント貸しのみ行っているそうです。ホーム売店は源が引継いでいます。
2007年1月23日投稿。
岩沼駅前にあった蓬田屋さんの跡はタクシー会社になっています。
同じく岩沼駅前の水戸屋さんです、現在は駐輪場の経営です。こちらも構内営業会員で蓬田屋さんが撤退後も暫くは駅売りの売店を続けていたそうです。寿司や名物いなりあん餅等を販売していたそうです。 岩沼駅です。東北・常磐の優等列車が停車していた頃にはまだ駅弁も元気だったのでしょう。広い構内が往時を偲ばせます。
2007年4月6日投稿。
元苫小牧駅弁の近藤商事さんです。
現在は喫茶店「ハスカップ」のみの営業となっています。
営業は平日7時〜19時、土日祝日7〜16時で第3日曜定休。苫小牧駅より市営バスで緑跨線橋下車、徒歩3分です。 かつての名物駅弁シシャモ・チップ・マス寿司は今も問合せがあるそうですがもう作れないそうです。 日替わり幕の内弁当です。前日までの予約が必要です。とても美味しく頂きました。
近藤商事さんは幕の内弁当の駅弁は販売していなかったそうで、この弁当は主に会社員の方のランチ用に出るそうです。 大府駅構内営業者のだるまさんの店舗です。 構内営業証もそのままで寿司・惣菜弁当店の「あさひだるま」となっています。 以前は構内食堂や駅弁を販売していたのでしょうか。 名古屋から取り寄せれば何時でも販売出来そうです。 稲口町さんなら何かご存知かも知れません。
持帰りの寿司をお願いしました。
2007年5月16日投稿。元津山駅弁。
鶴山公園津山観光センター内にある吉野館さんの城下店よし乃です。
駅から程近く徒歩5分位です。ごんごバスなら観光センター下車。
一店逸品に選ばれています。 吉野館さんの駅前本店の跡です。
高速バスの駐車場に貸出されています。
しいたけ弁当の案内看板が有ります。 かつての4階建ての大きな建物には食堂・喫茶・駅弁工場・土産物店が入り津山駅前の顔でした。 唯一道路側アケードに電飾が残っていました。隣の建物には失火当時の焼跡が今も残っています。 商店街にはぽっかりと穴が開き、大きな駐車場ができました。 鳥取方ホームには駅弁売店の跡が残ります。 上の方には吉野館さんのマークや文字が貼ってあったらしき跡が見えます。 多くの人がここで駅弁を買い求めたのでしょう。お弁当を置いていたカウンターもそのままです。

以下は、はやしさんが2007年後半に入ってから東北、近畿などを調査された時の報告です。

2007年8月16日投稿。
駅前ビルにある熊谷駅弁の秋山商店さんの調製所跡です。駅弁撤退後は飲食店を経営されていましたが閉店されたそうです。
黒磯駅弁のフタバ食品さんの工場です。 あれから暫く経ちましたが何時でも再開出来そうな雰囲気です。 あの時ここで受取った「九尾釜めし」や「きじ焼栗めし」、今でも鮮明に蘇ります。本当に何時の日か復活を願って止みません。 2007年8月17日投稿。
こちらは山形駅前の紅花軒さんの元調製所です。
2007年8月16日投稿。
新庄駅弁の三光舎さんの跡地にはデイサービスの施設が建っています。駅弁撤退後も暫くは喫茶店の経営をされていた様です。
郡山駅近くに今も残る福豆屋さんの元工場です。新工場はかなり大きい様です。 小牛田駅弁の小牛田ホテル弁当部さんの調製所跡です。 現在は歯科医院が建っています。 あの有名なササニシキのお弁当食べてみたかったです。
同じく小牛田駅弁の菊水軒さんの調製所跡です。 駐車場となっています。 地元では小牛田ホテル弁当部さん、村上屋本店さんと合わせ3社が味を競った時代を懐かしく語る声が聞かれました。 小牛田駅前の村上屋さんです。 仕出し弁当と山の神まんじゅうを販売しています。 名物の山の神まんじゅうは駅弁2社の小牛田まんじゅうも併せて引継ぐ形で駅売りもされています。
鳴子駅前の村上屋さんの鳴子支店跡です。 現在は消防施設が建っています。 大曲駅弁の暁月堂弁当部さんです。堂々とした立派な建物です。現在は菓子販売も含め営業をされていません。
駅弁の看板が今も残ります。
駅から程近い十和田南駅弁の渋谷弁当部さんです。 今も残る名物の錦木おこわの看板。 かつて十和田湖観光のメインルートの時代に使われていたと思われる国鉄バスとの乗換え改札。バス駅の窓口も無くなっています。
2007年8月16日投稿。三田駅から少し離れた所にある三田駅弁のなにわさんの調製所跡には卸屋の倉庫とパン屋が建っています。松茸めしが有名だった様ですね。 加古川駅前にある加古川駅弁の旭栄軒さんです。 現在は看板も無く自販機等に管理表記が残るのみです。現在の加古川駅は高架下や周辺に飲食店が多数あり、様変わりしています。 2007年9月1日投稿。駅から程近い日田駅弁、三咲屋さんの工場です。 もう廃業されお弁当は作られません。 正面の大きな看板がよく目立ちます。
今でも地元の方は天領おべんとうが懐かしいそうです。 2007年10月27日投稿。
綾部駅前にある綾部駅弁の鶴寿軒さんです。
久しぶりに訪れてみると何と鶴寿軒さんのホームそば店は閉店していました。 もう豊岡駅弁を綾部で買う事は出来ません。
こちらは西舞鶴駅弁の鶴寿軒さんです。 駅近くの工場には理容店が入居していました。 丹後寿しが偲ばれます。 駅前にある小浜駅弁のフジヤフードさんです。 立派な建物の看板には駅弁マークが残ります。
工場の一部を居酒屋に貸出している様です。 2007年10月27日投稿。駅から近い秋田駅弁の東洋軒さんの工場は居酒屋になっています。 2007年10月27日投稿。長岡駅弁の野本弁当部さんです。 現在は駅前食堂「和菜和菜」を営業されています。 こちら。日曜定休、11〜14時と17〜21時の営業です。
長岡駅東口からすぐです。総菜の持ち帰りも出来ます。 日替わり弁当をお願いしました。 もう駅弁を頂けないのは残念ですが、美味しく頂きました。 弁当の袋は構内営業中央会新潟支部のものでした。
2007年10月27日投稿。多治見駅弁のびいどろやさんですが、とうとう駅弁調製所が取壊され更地になっていました。 向かい方に残る旧駅弁調製所は英会話教室が入居しています。 噂では聞いていたのですが、びいどろやさんはそば店も含め構内営業からの完全撤退となってしまった様です。とても残念に思います。
跨線橋の階段下にある構内営業者用の倉庫。 今も残る使用者表記にはびいどろやさんの名前が。
どうやら以前は駅弁立ち売りの方の詰所だった様です。
多治見駅は橋上駅舎化の工事中で、現在の駅舎は取壊しが決まっています。 その際に現在入居しているテナントに対しては新駅舎での構内営業権をJR東海が与えるかどうかは全く決まっていない為、多治見の釜めし等をお求めの方はあと一年位は大丈夫ですがそれ以降は不透明になりそうです。 お早目のお求めをお勧めします。
原ノ町駅弁の中野屋さんですが現在はラフィーヌと改称しています。 丸屋さんの隣です。晩年はスーパーひたちの車内販売を受持ち、幕ノ内弁当を販売していたそうです。 2007年11月25日投稿。いきなりのお別れとなってしまった相生駅弁のエノキさんの工場です。
新幹線高架下で相生駅に直結されています。
煙突の様に見えるこの設備は実はエレベータです。
工場と上り新幹線ホームを直結した駅弁専用エレベーターで、他では見られない相生駅ならではです。 新幹線コンコースには工場との連絡口があり、ここから車販ワゴンが準備を整え出発して行きました。 改札外の構内食堂「コスモス」です。
駅弁も買えました。 寂しい現実です。 新幹線コンコース内の売店です。
ついこの間お世話になりました。
以前の場所からは耐震工事の施工で移動となりました。
下り新幹線ホームには何年も営業していない売店が残っています。まだ各駅停車のひかりが多数走っていた時代にはそれなりに乗客もいた事でしょう。 以前は相生始発の東京行きひかりもありました。 ひかりの減った晩年は新大阪まで出て下りのぞみにて営業というパターンだった様です。 また東海道区間と山陽区間で車販会社を完全に分離してしまった為、一番売行きの良い新大阪以東に駅弁を出せなくなってしまいました。山陽新幹線沿線の駅弁屋さんにはかなりの積み込み減もあった様です。九州直通の際には通し販売を是非行って欲しいです。 中には使われなくなった車販ワゴンが残されています。カレンダーは1983年8月のままなので、その頃に営業を止めてしまったのでしょうか。CHさんのコメント。ワゴンに「ジェイラインサービス大阪」の文字がありますので、このワゴン、ごく最近(ここ5年以内)まで使われていたのではないでしょうか。 「ジェイラインサービス大阪」とFSNの関係はよくわかりませんが・・・)。
播州赤穂駅のそば店「榎」です。 当然駅弁も販売していました。 ホーム側にも窓口があり駅弁、そばを頂けました。
券売機にも「販売中止」の文字が。 土産店「えのき」です。 名産品を販売していました。えのきさんのお店が閉店し、昼時にはキオスクまで閉店する播州赤穂駅。隣に商業ビルは有りますが何とも寂しくなりました。
2007年11月30日投稿。竜野駅前にある元竜野駅弁の岡専さんです。 現在は巻寿司、いなり寿司、穴子寿司と鮎の加工販売、薬局を営業されています。不定休。 SL時代から鮎寿司をホームで立売りされていたそうです。 しかし電化(1959年)と同時に駅売りを止め店舗での販売だけとなったそうです。 店に寿司を作り置く事もあるそうですが基本的に予約が無難だそうです。 竜野駅です。
キオスクも撤退し淋しい駅です。
2007年11月17日投稿。日南駅弁のみずまさんの日南支店跡です。 奥行きのある駐車場が広がります。 日南駅はキオスクも数年前に撤退しとても寂しい状態です。 2007年9月30日投稿。岩国に着きました。 駅前にあった錦水軒さんのビルは取り壊されていました。何だか淋しいです。 2007年8月18日投稿。肥前山口に来ました。何とキオスクが3月で閉店しており駅弁どころか売店すら無くなってしまいました。特急の分岐駅とは思えない寂しさです。駅前に残る常磐軒さんが往時を偲ばせます。

以下は、はやしさんが2008年になってから投稿された元駅弁屋さんの様子です。

2008年2月22日投稿。和寒駅前の「つたや」さんです。訪問は2008年2月9日。正面の塩狩峠のSLが目を惹きます。 奥に見える和寒駅は無人駅舎でひっそりとしています。 詳しくはこちらのページへ。
2008年4月30日投稿。駒ヶ根駅から程近い、伊那谷駅弁さんの調製所です。 撤退もいきなりでしたので、もう一度あの信州伊那路弁当を食べて見たいです。 貼り紙が。
     
飯田線で活躍されていた頃が懐かしいです。  駒ヶ根駅の構内食堂、そば店とも閉鎖されたままです。 木曽福島駅弁の松岡弁当店さんです。 駅の下で新聞販売店をされています
     
辰野駅弁、山なかさんです。
以前訪れた際は休業中との事でしたが、とうとう閉店との事でした。
 
杣人弁当、食べて見たかったです。  辰野支線の名物電車。 
     
2008年6月14日投稿。紀伊田辺・白浜駅弁の、あしべさんの工場です。
裏手奥が紀伊田辺駅です。
地元の方も最後の機会に駅弁を買われて行きました。  多くの納入先がありました。 
     
名物駅弁。  紀伊田辺駅。 ホームの売店跡でしょうか。委託販売されていた食堂。 上幕の内弁当の御弁当を販売していたそうです。  白浜駅ホーム売店。 
   
構内証。  駅舎内売店。  観光客に人気でした。 
2008年9月1日投稿。現在も休業中の芝田屋弁当部さんの調製所です。 実は元水戸駅弁の太平館弁当さんの調製所跡に建てられた太平館第二ビルに入居されています。 4月前後に移転し直ぐに休業状態となったそうで再開が待たれます。  新調された看板が目に付きます。  道路向い側の芝田屋弁当部さんの旧調製所です。 
   
2008年8月19日投稿。富貴堂さんの移転後の調製所です。 晩年はこちらで営業されていた様です。 駅からはバスで10分位の場所です。  今も残る駅前の旧調製所です。  駅からは近く搬入には楽だったのでしょう。
     
懐かしいステッカーも残ります。 上ちゃんの調査で廃業が確定との事で大変残念です。私が訪問した時に耳に入った話では、調理人が不在でなかなか見つからず、募集中で集まるまでは休業している状態とお聞きしていました。 私も営業再開を信じて待っていただけに残念でなりません。  白木屋ホテルさんの調製所跡、立体駐車場です。  駅構内にあった東北線車内販売はNREに営業譲受、かつて4社が味を競った宇都宮駅弁も残すところ松廼家さん1社のみになってしまいました。
富貴堂さんも駅弁屋旨囲門の影響を少なからず受けてしまったのでしょうか。 
     
2008年11月6日投稿。この数ヶ月に訪れた各地の近況を投稿致します。 まずは軽井沢駅弁の油屋弁当部さん。 駅前で清響館油屋ビル営業と不動産業となっています。  裏手の駅弁調製所跡です。 軽井沢旧駅舎記念館には軽井沢駅弁の容器を展示しています。  
   
新居浜駅弁の新玉弁当さんです。駅弁調製所跡にてコーポ新玉を経営されています。  播州赤穂のエノキさんの店舗跡は観光物産卸系の、山こうが入居しました。  うどん店・土産店とも再開していますが、うどんの味はやはり変わっています。 
   
館山駅弁の北条食堂さんの駅弁調製所跡です。 駅から少し離れた場所にありました。  岡崎駅弁の鍵屋さんです。 駅前の区画整理が終わり駅前マンションを建設されています。 奥が岡崎駅。 飲食店も開設するかも知れないと数年前にお聞きしたのが駅弁購入の最後の機会となってしまいました。あの時は予定が折合わず断念、やはり予定を合わせてでもお願いをしておけば良かったと今でも思います。 その後の情勢の変化で飲食店は取り止めとなり、岡崎駅弁は永遠に幻となりました。   こちらが駅弁調製所跡です。
     
2008年11月16日投稿。新夕張駅前です、右のガレージ辺りに大西待合所さんがあったそうです。   新夕張駅舎。   紅葉山の駅名標。  
     
現在の駅前広場は紅葉山時代の駅構内だそうです。大西待合所さんはその駅前にありました。左手に阿部菓子舗さんが入るメロードがあります。  東能代駅弁のネモトさんの駅前調製所跡です。レンタカー店が建っています。  東能代駅駅前。椎茸めしの復活はあるのでしょうか。  
   
鹿児島中央駅弁の、わたなべさんの調製所のあった建物です。駅からは離れた市内にあります。今ではシャッターが降りて中は倉庫の様です。テレビの取材もあっただけに残念です。   八代駅から離れた中心街にある元八代駅弁の、みずあらいさんの元調製所です。現在は運送会社の倉庫となっています。場所は旧球磨川貨物駅の駅前付近で、明治41年の人吉延伸まではこちらが八代駅でした。 旧球磨川駅跡の一部は公園に整備され動輪が置かれています。この時偶然にも、みずあらいさんの調製所で駅弁を作っていた方にお会いしました。当時の苦労話や駅弁が作っても作っても飛ぶように売れていた時代をお聞きしました。八代のスポーツ弁当は食べたかったですね。

以下は、はやしさんが2009年になってから投稿された元駅弁屋さんの様子です。

2009年3月19日投稿。かつていとう弁当さんと亀山駅弁で味を競った、宝来軒さんの調製所です、この建物の1階部分が調製所で上層階はアパートだったそうです。 亀山駅前、右にいとう弁当さん、左奥に宝来軒さんが見えます。
伊勢鉄道開業前はもっと賑わっていた様です。
2009年4月16日投稿。元寄居駅弁の柴田商店さんの店舗です。
昨年で閉店し別の方がテナント入居しているそうです。
駅前です。 弥生軒さんと我孫子駅弁で味を競った、岩田屋さんの調製所跡です。 そして向いが弥生軒さんです。
駅ホームの6号売店です。 幻の掛紙があります。 紹介記事
駅そば記事。 名物のゲンコツから揚げそば。 掛紙の記事。
2009年4月23日投稿。生野駅前にある元生野駅弁、日下旅館さんです。現在旅館は廃業されており、食堂くさかとして駅前食堂を営業されております。営業は10〜16時位迄。建物は登録有形文化財です。 こちらが食堂。 説明文。
   
駅前です、反対側にも駅舎が建ち窓口はそちらに移動しました。   ホーム後方には日下旅館さんが見えます。  親子丼をいただきました。丼の蓋に「くさか」の文字。 
 
福鉄構内営業生野営業所時代の車内販売カゴ、スキー臨時列車などの運転日にはホーム立売りでも使用したそうです。福鉄構内営業時代の車内販売では和田山積込で福廼家さんの駅弁を販売していたそうです。S55年位に撤退したそうです。   駅弁の積込等に使用していたと思われる搬入箱。今でも地元で復活の要望が絶えない程評判だったアイスクリームの販売箱。当時はこちらの手作りでした。   車内販売カゴ(小)。  
 
昔販売していた汽車土瓶、鉄道局指定とあります。 裏には「あきびんは腰掛の下にお置き下さい」とあります。  ご好意により昔の掛紙を見せて頂けました。当時駅弁に携わって居られた方はもう居らっしゃらない為、ご家族の方に色々とお聞き致しました。最後の生野駅弁は2段重ねの幕の内弁当でちょうど姫路駅弁の復刻版「幕の内辨當」の様な感じだそうです、S35年前後に終売。掛紙1。  
   
掛紙2。上ちゃんお持ちの御寿し
http://ekibento.jp/nos-ikuno1.htm
をケータイで表示しお見せしたところ、初めて見るそうで喜んで頂けました。
 
掛紙3。福鉄構内営業での和田山駅弁の販売は駅・お店がS40年前後、車内販売がS55年前後で撤退したそうです。 掛紙4。  
     
2009年4月30日投稿。駅前にあった、福知山駅弁を販売していた福知山駅弁さんの元調製所跡です。駅は綺麗になりましたが駅そばも無くなり寂しくなりました。  取り壊し中のタンゴ鉄道駅舎。   寺前駅前にある余田屋さんです。かつては駅前旅館で戦前までは駅弁の立売りをされていたそうです。当時のお店の方の名前に因んで「おその寿し」「栄太郎饅頭」等を販売していたそうです。営業は11:00〜15:00、17:00〜21:00 水曜日が定休。  
     
駅前通り。   名物の銀の馬車道らーめん、播但線をご利用の際は是非どうぞ。  2009年5月22日投稿。大宮駅ホーム上野方から東口の方を眺めると、ムサシ食品さんのムサシ第二ビルが見えました。屋上タンクには「ムサシ食品のお弁当」の文字が残ります。  
久喜駅弁の富壽館さんの調製所跡、マンションと居酒屋です。S45年位までは5〜6人の立売りで駅弁、お茶、煎餅、アンパン等の販売があったそうです。   以前は地上駅で標識辺りがホームで、そば店があったそうです。 友部駅弁、駅前の平野屋さんの調製所跡です。
 
友部駅前通り、右のビルは山口弁当さんの山口ビルで以前は喫茶店を営業されていたそうです。国鉄末期まで駅弁を販売されており、平野屋さんの方が早く止められたそうです。駅弁終了と同時位に国鉄から構内営業整理の指導があり、平野屋さんと合併し(有)構内サービスを設立、そば店・キヨスク売店の営業を10年前位まで営業されていたそうです。 現在の友部駅、駅そばも無くなり寂しくなりました。  高萩駅弁、吾妻館さん。画像の奥辺りの更地が調製所跡です。立売りで弁当と酒饅頭の販売、駅前食堂を営業されていたそうです。当時の立売りは5・6人でお弁当はごはん、焼きほっけ、かまぼこ、玉子焼き、煮物等をひげ皮(薄経木)で包んでいたそうです。常磐線電化後S43年前後に撤退されたそうです。
富岡駅弁、亀屋分店さん、現在は駅前で中国料理桃源を営業されています。
営業は11〜14時と17〜20時30分迄、日曜休み。
http://www13.plala.or.jp/tohgen2921/
創業は駅開業と同時期の明治31年位で、亀屋からの暖簾分けで亀屋分店となったそうです。構内営業はH4年で撤退するまで駅立売りと11時台の上り特急ひたちに日に20個だけ積込があったそうです。800円位の幕の内でしゃけ、えび、玉子焼き、かまぼこ等。この他立売りでは富岡名物の富岡煎餅、ジュース、アイス、たばこ等を販売。富岡煎餅は今も地元から復活要望があるそうです。正月や盆には150本は売れた駅弁も停車時間の削減、車両のロングシート化等で赤字が続き、鉄道会社の統制強化もあり構内営業からの撤退に繋がったそうです。S50年位までは寿司(のり巻8個、いなり2個)150円が好評だったそうです。
富岡駅、特急が停車します。 富岡駅前、狭い道に時折バスがやって来ます。
 
黒松内駅前です。右の建物の場所に黒松内駅弁の花岡屋旅館さんがあったそうです。寿都鉄道廃止前には既に無かったそうです。 黒松内駅中ホーム、左のホームに寿都鉄道が発着していたそうです。 国縫駅弁、藤田屋さん現在は廃業されています。始まりは藤田屋旅館でほっきめし等の駅弁を立売り、駅前でそば店も。構内営業は瀬棚線廃止前に駅弁はS35年前後まで、雑貨の立売りはS40年前後までされていたそうです。雑貨はパン、チョコレート、みかん、酒、たばこ等。  
国縫駅前、商店も開いておらず寂しい駅前です。 人気の無い国縫駅、かつての賑わいが偲ばれます。 中ホーム、瀬棚線の貨物が行きかっていました。
木古内駅弁、伊藤食堂さんの食堂跡。鉄道敷設工事関係者の炊出し等をされて、鉄道開通後に構内営業を開始、S45年位まで駅弁立売りと中ホームで駅そば店の営業をされていたそうです。その後は駅前通りで食堂を続けられていたそうです。立売りでは2・3人でキャラメル、南部せんべい、たばこ等も販売。当時の木古内は道内でもかなりの乗客数を誇る駅だったそうです。 向かい辺りに、ちょこっとかた〜るがあります。
中は珍しいグッズで一杯です。
伊達紋別で以前構内営業をされていた駅前食堂の美喜さんです。明治期から立売りで万九郎餅(8個入りのあんこ餅)の販売をされていたそうで屋号は小沢万九郎屋だったそうです。ところが戦時中は餅米の配給統制が敷かれ万九郎餅の販売が出来ず代替として茹でた「とうきび」を5本組にして販売したそうです。この時も必ず窓から声を掛ける人にだけ販売する様に管理局からの指示があったそうです。S25年位迄は立売りがあったそうですが万九郎餅復活は無かったそうです。   ラーメンを頂きました。 伊達紋別駅前、かつては胆振線、JRバス伊達線の結節点でした。
白老で以前構内営業をされていた村上商店さんです、現在は洋菓子のFC店となっています。明治期からS35年まで駅立売りで白老銘菓、雁月泡雪を販売されていました。「ガンヅキー、アワユキー」の掛け声で10人が10人美味しいと答える程の銘菓でいまだ復活を望む声が絶えないそうです。   近くの村上カメラさんに今も残る担ぎ箱。 開基100年記念での立売り写真。
   
村上カメラさんではご好意により雁月・泡雪の図を描いて頂けました。雁月はべこもちに似ていたそうです。  上は2009年12月27日、はやしさんが備後落合駅の元駅弁を訪れた時のものです。

備後落合の元駅弁屋、ドライブインおちあいさんです。駅から徒歩約15分。営業は平日11〜14時、土曜休日9時30〜15時 
09年12月、「ドライブインおちあい」さんで購入、「ドライブインおちあい」さん調製、1000円。 駅から徒歩約15分の元備後落合駅弁、「ドライブインおちあい」さんで作って頂いた弁当です。 営業は平日11〜14時、土曜休日9時30〜15時。
今回は千円でお願いしましたが価格によって内容が変わります。 
 
現役当時は300円という価格でした。
屋号は特に無く、環水さんの構内営業権を借りて販売されていたそうです。 
看板右下の建物が元駅弁調製所です。駅ホームにうどん売店があり環翠さんの撤退以来、駅弁と共に引継いできたそうです。屋号は特に無く、環水さんの構内営業権を借りて販売されていたそうです。現役当時は300円という価格でした。90年の急行ちどり廃止により同年で構内営業を終了したそうです。日に5・6個販売されたそうです。  備後落合駅です。
かつては道後山スキー場に向かう人々が多数訪れていたそうです。
乗換え客に名物おでんうどんは好評だったそうです。
 
 
長いホームを持て余しています。  今も残る転車台。  一時ですが3方面の列車が揃います。 


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元駅弁屋さん巡り