いばらき駅弁巡り〜その1〜

2012年4月29日、茨城県の駅弁巡りをしました。1年前の東日本大震災(4メートルの津波)で被災してしまった大洗の駅弁に、復興への決意新たな駅弁が2012年3月に発売されたと、こうじや(万年堂)の社長さんから伺い、ぜひとも食べてみたいという思いがあっての訪問でした。

     

駅弁を紹介する前に、2011年8月に上梓した拙書「駅弁読本」からの一節を抜き書きしてみます。

 茨城県大洗町は、大震災当日のテレビ映像で津波に呑み込まれる何台もの自動車が、衝撃的に映し出された被災地である。ここを走る鹿島臨海鉄道大洗駅にも駅弁があり、万年屋(こうじや)という駅弁屋が存在する。ここの社長さんとは二〇〇三年以来、手紙やメール、直接お会いするなどして親交を重ねてきた。大震災の二ヶ月前には前年に水戸駅で消滅した「印籠弁当」が大洗駅で復活したと伺って、何度目かの工場訪問をした場所でもある。

 大震災のその日、高台にあった工場だけは何とか難を逃れたものの、ご自宅が被災し、失意に暮れる中、その翌日未明に役場から三千人分の食事を要請されたという。急きょ取り寄せた大型発電機で炊飯器を動かし、トラック2台のライトが照らす深夜に手作業でおにぎりを作り終えた。その後も五日間にわたって避難所の食料を作り続けたとのことであるが、その献身的な姿勢には本当に頭が下がる。

 実は「万年屋」という屋号は、一九九九年の東海村臨界事故により、風評被害で閉鎖に追い込まれた、奥様の実家である旅館の屋号だそうである。今回の大震災においても風評被害や自粛ムードの影響を受け、特に観光客向け弁当のキャンセルが相次いだ。二十年前に脱サラ、起業して以来、経営的にも最大のピンチを迎えているという。しかし、何かの縁なのか、四月からは今回の大震災で壊滅的な被害を受けた岩手県大槌町出身者で、家族も奇跡的に助かったという新卒者を迎え入れることになり、社員一同が涙を流しながら危機を乗り越えようと誓い合ったという話を伺い、私も感動せずにはいられなかった。


(中略)

 また、先述した茨城県の大洗駅弁「万年屋」でも、六月末現在で復興復旧工事関係の仕事に全力を入れているそうである。社長さんからは「皆と一緒に元気が出るよう、漁協、観光と連携事業を立ち上げ商品名を統一した町おこしを県へ申請中です。新作が出たらお知らせします。」という知らせをいただいた。

ということで、その想い、まさに「一念発起」の想いが込められた新作駅弁が震災から1年後、ついに誕生したのです。詳細はこのページでも紹介されています。ぜひご一読ください。

     

掛け紙に書かれた「2011.3.11 あの日を忘れない・・・、そして立ち上がる。」という一文が心に響きます。そして、上の画像では見えていませんが、掛け紙の端には次のように書かれています。因みに下の画像では左上に見えます。

「一念発起【いちねんほっき】 あることを成し遂げようと決意し、熱心に励むこと。   2011年3月11日の東日本大震災で被災を体験しました。  私たちは自然災害や風評被害を受けましたが、お客様の笑顔と再び出会うために頑張ろうと決意しました。あの日の記憶を忘れずに、私たちは何度でも立ち上がる。そんな想いから生まれたホッキ貝シリーズのお弁当です。」

何度読んでも、心にしみる文章です。胸を熱くしながらお弁当を開いてみました。下は2012年4月29日、大洗駅で事前予約して購入した「ホッキ貝弁当 一念発起」850円。

     

食べた瞬間、「ああ、この弁当には魂が宿っている」と感じました。それは炊き込みご飯の触感で確信しました。炊き込みご飯としては誰もが最高だと絶賛する折尾駅「かしわめし」や松山駅「醤油めし」を食べた時と同じ衝撃を受けたのです。説明書きのメモが付いていましたが、それを見る前にわかりました。ごはんにうるち米が使用され、ホッキ貝の煮汁だけでなく、シジミも入れて「おこわ」として炊かれていました。一般のおこわのように固すぎず、絶妙な見切りとも言える炊き加減です。しっとりとした滑らかさは水分調整が完璧だからでしょうか、そのもちもちとした触感と、ホッキとシジミが奏でる磯の風味と歯応えが、まさに大洗の「磯飯」を表現しているように感じられました。仕込まれたシジミの数も多く、ただホッキの出汁で炊いたご飯でも良かったはずですが、それで妥協はせず、決して手を抜かず、むしろホッキ(発起)の存在感を出すために試行錯誤してシジミに行き着いたのではと思わせるほどの脇役として、最高の演出になっていると思いました。しかも、一度食べるとご飯があとを引きます。ご飯だけでも食わせてくれるのです。粘りのある弾力感が、そのまま復興に向けて粘り強く立ち向かっていくようなイメージへと繋がっていくのです。茎わかめの塩加減や大根・高菜・キュウリを漬けた素朴な田舎漬けの歯応えも嬉しく、メインのホッキ貝は噛めば噛むほど磯の香りがしみ出してきます。久しぶりに心から感動でき、元気がわいてくる駅弁に出会いました。

     

大洗駅弁には「グルメパック」と呼ばれる炊き込みご飯と茨城産無洗米とのセットがあります。家庭で手軽に作って食べられるお土産シリーズです。具体的には「三浜たこめし」や「はまぐりめし」、「あわびめし」の素などとして売られていますが、「一念発起」についても炊き込みご飯の素(1575円)や「一念発起カレー」780円も新発売されていました。そして、水戸駅弁「鈴木屋」の魂も受け継ぎ、この日も伝統の「印籠弁当」が売られていました。こうじやさん、魂の商売をなさっていますね。かっこよすぎてこれ以上は言葉になりません。

     

下の画像は大洗駅構内にあるインフォメーションコーナー。その一角に震災写真館があり、2011.3.11当時の被害状況の写真が展示されていました。私が見た気仙沼線や三陸鉄道の線路と同じ悲惨な状況でした。私たちはどうしても東北に目が行きがちですが、ここ大洗でも大変な災害に見舞われたことがわかり、胸が痛みます。

     

しかし、鹿島臨海鉄道は震災4ヶ月後の2011年7月12日、不屈の精神で全線復旧を果たし、今日を迎えています。そして大洗の駅弁も復活し、復興の想いを乗せた駅弁も誕生しました。だから、あとは私たちが大洗に足を運んで応援する番ではないでしょうか? 社長さんの話では、ゴールデンウィークと言っても客足は一昨年(2010年)の3割程度とのことです。「一念発起」するのは地元の人たちだけではない、遠くにいる私たちもだということを、この駅弁に教えられたような気がします。

     

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