下の幕の内弁当は「DISCOVER→JAPAN」時代ですから1970年以降、そしてさらに下は「一枚のキップから」の時代ですから1977年以降のものということですが、この頃は「あら竹弁当店」と名乗っていて「あら竹商店」ではないんですね。あら竹さんのHPを見ても、そのあたりのことは歴史年譜にはなく、興味がわくところです。それから、左から右の幕の内弁当に移行する時期に、「特製」という言い方をやめているようですね。(現在も「特製」の表記はないようです。)

              

以下は2005年1月10日付記。
「特製」と名を付けたのは大阪万博が開催された昭和45年頃、特に49年頃からはやったそうです。それは駅弁の価格に上限枠がなくなり、自由価格となったために、値上げの口実として「特製」の名が使用されたのではないかということらしいです。


            


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